ここんとこ寒みぃよなァ。(今日はそうでもないか)
朝も眠みぃよなァ。(用もないのに夜遅くまで起きてるから)
人間も冬眠したらいいのになァ、などと思ってしまう今日このごろ。
てなわけで、今年もあと2日。
やっと今ごろ年賀状を書きつつある。
今年もあっという間だった。
最近は一年過ぎるのが非常に速く感じられる。そういうところは歳をとったということかな。
今年…どうだったのかなあ。
成長できたようなできなかったような。新しいことができたようなできなかったような。
仕事では…まあ、ちょっとだけ新しいことした(させられた)か。
個人的なところで、躊躇ばかりしていないでまずやってみる、というのはいくつかしたかな。
ブログもそうだし。
突然どっかにやたらとコメント送ったりしたし。
突然短歌作ったりしたし。
突然手紙出したりしたし。
突然大阪に日帰り旅行(?)もしたし。
傍から見ればどうってことないことばかりだけど。
できなかったこと、ついやらず終いだったことも日々たくさんあったけれども。
なんかまあ、歳相応に大人にならなきゃ!と焦ってもしょうがないか、とは思えてきた。
どうしたってできないことはあるわけで。
好くても駄目でも一生であって、死ぬまでは生きなきゃならない。「駄目だから、やめた」と降りるのはたやすくない。
(それでも最近は無理やり降りる人が増えた。降りるにしたって、相当苦しんでると思うけれども)
それと、傍から見てつまらないことでも、くだらないことでも、これ大事!こうしたい!と思ったことはなるべくやったほうがいいかなと思えてきた。
身内にちょっとしたことがあったりして、その前から思っていたことでもあるのだけど、生きて動けるうちは変な我慢で自分を縛っちゃまずい、遊びだろうが何だろうが自分にとって大事と思ったことはやらないと、死に際に後悔するなあと思った。それで周りに八つ当たりなんかしたら最悪だ。好きなことができなくて、嫌いなことなんかできるか、というのもあるし。
新年の目標ってあまりたてたことがないんだけども、来年の目標をあえてたてるとすれば。
もっと自分を表現すること。自分を縛らないこと。当たり前のエゴを持つようにすること。
今まで縛りすぎていたのだから。まあ身についてしまった癖なので、すぐには変われないけれども。
日々できること、できそうなことをやっていって、その結果できることが広がっていけば御の字かなと。
「遊戯自在(ゆげじざい)」という言葉を思い出す。
中学生のとき、書写の授業をする専用の教室の後ろに額縁が掲げてあって、そこに入っていた横書きの書がこの言葉だった。
(今でもあるのかなあ?)
誰が書いたのかよく見ていない(書写の先生が書いたのかな?)。言葉の由来もよくは知らないが、仏教用語だろう。「遊ぶがごとく、思いのままに(生きる)」といった意味だと思う。たぶん。似たような言葉で「遊戯三昧(ゆげざんまい)」というのがあると知ったのはだいぶあとになってからだった。
そのあと高校3年のとき、「死体のように」という言葉を知った。イエズス会始祖イグナチウス・ロヨラがイエズス会士の心構えとして残した言葉のひとつという。上長には絶対服従、「死体のようにおとなしくすべし」ということだそうだ(以上はとある高校世界史資料集で読んだ)。ひどく惨酷なのに、なんとなく自分について言われているような気がして印象に残ってしまった。
あれから月日が経った。
今の半分の歳のときあたりにちょっとしたことがあって、そのあと10年前にまたちょっとあって、そう考えたら今年は節目の年だった。実際に区切りがついたか、成長できたかといえば怪しいけれども。
昔から人生計画なんて当てにならないと思っていたし、今に至っては思ったよりもいい加減な奴になってしまった。逃げてばかり、めげてばかり、諦めてばかりで、座右の銘なんて言えたものじゃない。受け継いできた教えもない。
それでも今、あえて好きな言葉を挙げるとすればやはり、「遊戯自在」。
まあそれと、あまり好きじゃないけどもこうならざるを得ないかなという言葉は「運が悪けりゃ死ぬだけさ」。
昔の人は、いいこと言ったぜ。
まことに、私がこのように生きているのは、さながら醒めない夢のようなものなのでございます。
これからも、幻のごとき想いにまどろみつつ生きるのでありましょう。
遠出をした。
超特急で3時間。
行きの券は前日の夜に買った。
自由席だが、ガラガラで好きな席に座れた。
田畑を臨み、山を越え、はるばると。いまどきは、運賃が払えれば行けてしまうものだ。
(その前に久々に中央線に乗ったら、山手線のと同じような新しい車両でこれまたちょっと面食らった)
超特急に乗り込んだとき、なんというか、特別なにおいがした。
いい匂いではないのだけど、長距離列車や飛行機やらで感じる独特のにおい。久しぶりだった。
ちょっとだけ、どきどきわくわくした。(いい歳して)
旅はあまりしなかったからなあ。
とある会(?)に参加するのが目的だった。
まあ、最低限参加するだけはできたが…おとなしくなりすぎたか。
(「大人しい」というより「音無しい」)
もっと思い切ってでしゃばればよかったかなあ、と後悔。
つくづく、チャンスを生かす意気地が無い。
会の終わりごろ、一瞬だけ「!」と思ったことがあった。
「あー、まぶしいの!?(笑)」
あれ、ノエシスの矢印を向けてくれたんでしょうか。サービス? うまく返せなかったんですが…。
(ちょっとおどけるのがやっとだった)
まぶしくて、熱かったです。外からの照り返しで。フフ。
でも最後の挨拶はちゃんとできてなかったかもしれない。
しつこいのは悪いかなと思ったのだが、…んー。
いろいろと思い残すことがある。やっぱりどっちに転んでもそうなるのかな。
たとえばたったこれだけのことをするまでに、ずいぶんと歳月をかけてしまった。
いつもそうだ、何事にも、ああだこうだと迷って、何もできずに過ごしてしまう。
そういえば、かつて師匠(ってほど私は学び取れなかったけれど)から
「君は最初の一歩を踏み出すのにエネルギーを費やしてしまって、一歩踏み出したところで力尽きてしまうんだな」
と言われたがまさにそのとおり。
ばっかみたい、と言われそう(そして我ながら)。
いつからこうなっちゃったのかな。
あまり来たことのない土地だったので、終わってから近くを少しぶらついた。
東京とあまり変わらないような気もする。何か、どこか違うような気もする。
耳にする言葉の端々に当地の訛りを聞いて、内心ニヤッとした。やっぱりこの地はこの地なんだな。
一泊しようかとも思っていたが、結局やめて帰路に就いた。
宿を決めずに来たし、土地勘もなく下調べもしていない所で一泊しても大して見物できない。
また来るさ、ってことで。
帰りの券は直前に買った。行きとは反対に、席は満杯で自由席(というか乗れるだけ)しか取れなかった。
本当に満員で、通路で立ち通しだった。まあ、乗れただけいいか。これもいい経験さ。
帰る前、よくある駅のみやげ物売場で、とってつけたようなみやげ物を買い込んだ。
これでも小1時間あれかこれかと悩んだのさ(またも)。
10時ごろに超特急を降りて家路に就いたら、あとは見慣れた風景だった。
日中のあの出来事が夢だったのでは、とすら感じられた。
ここのところはもの覚えも悪くなったのか、目に耳に焼き付くような記憶ができない。集中力が落ちたような気がする。
これからはどんな出来事も、おぼろげな影を残して忘れ去ってゆくばかりなのだろうか。
そうだとしても、それが嫌だから、なおさらこんなふうに書き付けるのだろう。
傍から読んでても面白くないだろうけれど。
翌日、一日かかって手紙を書いた。それもまた、自分のためだろう。なにか通じるんじゃないかと、祈りを込めて。
…また、キモくてクドくてウザかったかなあ?
こんばんにゃ。
……言ってみたかっただけです。深い意味はありません。
ていうかさぁ、とち狂ってみたいときってあるじゃん? 不条理になってみたいときってあるじゃん?
またまた小一月更新してませんでしたしね。(読者もあまりいないような気はしますが)
新記事出すかなと思ってもサクっと書けない。書こうとするとついどこか力んでしまいくたびれる。
柄にもない(?)軽いことを気楽に書いて小ウケを狙ってみるかなあと。
この一月、何もなかったわけでもなく、でもそんなに重大な出来事があったわけでもない。おおむね通常どおりの日々を過ごしておりました。
まあ、上映終了ぎりぎりで「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」を観たり、とうとうThinkPad X61(XP入り)を大枚はたいて買ったり、記事になりそうなこともあるにはあったのですが、なんか気楽にサクっと書けないのです。ThinkPadなんかまだあんまり使ってないし。(この記事もDuron機で書いてます)
blogって(あるいは自分のサイトを出すこと自体が)性に合ってないのかな?
次の日曜は遠出をする予定。日帰りにするか1泊するか、まだ決めてない……。
それを記事にするかどうかは、未定。どこに行くかはとりあえず書かないでおく。
そうそう、ブログのサブタイトルは少し変えました。やはり文法上なんかおかしいかなとも思ったので。
それとデザインも変えてみました。もうすぐ秋から冬らしくなりそうなので、すぐに変えるかもしれませんが。
「自分はどうでもいい、人から文句を言われさえしなければ」などと思いがちなところが、つくづく最近誰かに似てきてしまっているなあと思う。そういう心持こそが、人からの文句とか嫌悪感を余計に呼び込んでしまうのだろうけれど。
何も言わないでいた人が何かの拍子に突然文句などを言い出して、しかもその激しさがそのときの状況とどうも釣り合わず脈絡がない、なんて目に僕はずいぶん前から散々あってきた。そういうことが続くと僕としては「ああ、いい顔をしていても普段からそういう不満があるんだな」と思わざるを得ない。言いたいことがあるならその都度言えよとも思うのだが、溜りかねるまでは言うのがなんとなく面倒なのだろう。言い返されるのが、やり返されるのが怖いという漠然とした不安があるのではないか。でも不満は溜めきれず、何かしらイライラした態度が出てしまったり、いずれは爆発して脈絡ない激しさの怒りをぶつけてしまい、相手に過大な恐怖心を植えつけてしまうというのに。こんなところも、最近似てきてしまっている。
最近世の中全体でそういう「キレる人」が増えているようで、少し前にたまたま読売新聞夕刊で精神科医の春日武彦によるエッセイを読んだら、そんな怒りのしくみを説明していた。昔の腹立たしい記憶が忘れられず、怒った拍子にその記憶が甦ってきて怒りが増幅するのだという。たしかにそんな感じだろう。さすが。で、春日はそれを「怒りの惑星直列」と呼んでいた。そんなふうにひねって名づけてみることで、キレられた自分の苛立ちも少しばかりは薄らぐのだとか。
買うかどうかずっと悩んでいる物はありますか?それはどのくらいの期間で、なぜ悩んでいるのか教えてください。
最近QtoDの記事ばっかりですが。
ありますよ、今まさに買うか買わぬか思案中ですけども。
パソコンです。
いや、今ももちろん使ってますけどね。もう1つ。
ThinkPadを狙ってる。もうかれこれ2年くらい前から。つまりまだIBM製だったころからです。
やっぱり安い買い物ではありませんから。買って「失敗した!」と思うのは嫌だってことです。
もっと値の張る買い物はいくらでもありますけどね。あまり稼ぎのないもので。
今、買うくらいのお金はあるけれども、なんか踏ん切りがつかない。
VistaかXPかっていう大難問もあるし。
直販で買うか小さい専門店で買うか、とか悩みどころがいろいろとありまして。(そんなことで悩むなよー!と言われそうですが)
でも今の愛機(デスクトップ)がかなり鈍くなっていて、最近はほんとに挙動もおかしくなってきた。もう6年近く使ってるから。
(Duron900Mhz/RAM256MBだからね…OSはWindows XP home edition + SP2)
ちょっと検索かけて調べてるけど、Vistaってほんとに評判悪いよね…。でも「使ってないからVistaの良さがわからないんだよ!!」って話も結構ある。小さめのを買おうかと思っているのだが、なんかVistaはハードディスクへのアクセス頻度が高いようだし、スペックが足りていても画面が小さい(そして解像度があまり高くない)と使いづらいのかな? パソコンに詳しい知り合いにこないだ訊いたら「Vistaは新しいハードを買わせたいパソコン業界の陰謀だ」(概略)みたいな典型的な否定意見だった。まあ、まさに新しく買おうと思ってるんだけれども。来年春ごろIntelが出す予定のモバイル向けチップセットが省電力性能に長けているとかで、VistaもそれまでにSP1が出てそれなりに安定するだろうとも言われるから、Vistaはそれまでいいかなあと思ったり。
まあ結局、いつもの悪い癖ですかね。「石橋を叩き疲れて渡らない」ってやつ。
でも今度ばかりは突破してみたいんですけども。
ここ数日が決め時かなあ。
さんまに負けない秋の味覚の代表、栗。あなたが好きな栗を使った食べ物はなんですか?また、お店で買える場合オススメのお店も教えてください。
あのね。焼き栗で、旨い店があるんですよ。
名前は出さないけど、もともとは関西の店らしい。
僕がよく買うのは都内某所、梟の像があるところ。
地下鉄の駅改札の間近に小さいスタンドがある。
都内で他にもあるらしいんだが未確認。
ちょっと値が張るけど、栗の味だけで甘すぎなくて、ほくほくしてるから。これおすすめ。
あと、まだ食べてないんだけど、さる洋菓子屋のケーキが旨いらしいね。
都内一等商業地の百貨店に入った、外国の菓子屋の栗ケーキ。
いっぺん食べてみたい。
秋の味覚の代表と言えばサンマ。サンマのおいしい食べ方を教えてください。
QtoDに頼っちゃってますけどね。
サンマはやっぱり塩焼きでしょう。できれば多めに塩を盛って、焼いて、食べる。
サンマに限らず、魚といえば塩焼きが好きなんだけど。
自分でほぐすのが魚料理の醍醐味。
まあ、魚をほぐせない人も多いだろうけど、そこは自分でできるからこその贅沢か。充実感が違う。
サンマはクセが強いから(私も昔は嫌いだった)、おいしく食べるには旬の時季に新鮮なものを食べるのがよい。今は冷凍技術が発達して旬でなくてもそこそこおいしいこともあるけど、旬があるからいろんなものがおいしく食べられるという面もあるかも知れない。
今日は中秋の名月。あなたは月にどんなイメージを持っていますか?また思い出などがあったら教えてください。
今年は9月25日でしたか。でも満月は27日だったとか。
最近、帰りの夜道から時々月を見上げるようになった。
月は直接見上げて見つめることができる。ひとりで見入っていられるところがいい。
(一緒に見る相手がいるとか、後で「夕べのあの月よかったよね」って話のできる相手がいるともっといいけどね…)
見入っていると、やさしさとさみしさを感じる。
特に満月に近いころの、あのやわらかい輝きがなんとも言えず美しい。
「間接照明」だからなんだろうけど。究極の間接照明? …なんかロマンがなくなってきたかな…。
普通の金色の月ももちろんいいけれど、何年か前に見た赤い月がひどく印象に残っている。
凝った書き方をすれば「朱い月」か? あんな月を見たのは初めてだったと思う。
何かの予兆かと思った。原理を調べるとさほど何ということはないようだが。
そういえば、この夏の終わりの皆既月蝕も赤黒く見えたようで。
(金環蝕を勝手に思い浮かべていたがあれは日蝕だった…)
東京近辺では残念ながら激しい雨と雷に隠れて直接は見られなかった。日本で次に見られるのはまた何年か先。
ああいう美しさとかありかた、自分もほんの少しでも真似できたら、と思うのだけれど。
やっぱ、難しいかな。
前はあまり気にしていなかったのに、聴くと意外と好きだった曲を「音楽」からAmazonのアイテムで教えてください。
そういうの、あるなあ。
これとか。
「ぶっちゃけぇ~」(!!!)
いやじつは結構前から、山下達郎の作品はちょっと好きだった。
これとか。(夫婦やん…)
これは結構いいのが多い。「毎日がスペシャル」とか、あといろいろ。
このシングルを買ったわけではないですが。 (amazonのリンクを変えました)
数年前、テレビで何回かカーペンターズの特集番組をやっていた。
スタジオライヴの映像があって、なかでも特にいいなと思ったのが"Close to You"。
あと”Super Star”とかも。カーペンターズがあんなに暗そうな歌(歌詞は確認してないが)も歌っていたなんて驚き。
でも、カレン・カーペンターはああいうことで亡くなってしまったし、どこかの音楽批評で読んだのを受け売りすれば、あの時代にこういう感じの音楽を出していたのはやっぱりなにか屈折したところがあるんよな。
その屈折した感じがまた好きなのかも知れない。
こういうところは山下達郎にも通じるような気がする。
すいません、「まさにこれ」を聴いたわけじゃないんですが……江利チエミはいいぞと言いたいだけです。
まあ「酒場にて」が昔から結構気になってはいたんだな。すごく暗い歌だけど。
今頃になって、あの歌で歌っていることがよく解るようになってきた。
江利チエミはスタンダードジャズとかアメリカンポップと、日本の邦楽と両方の素養がある。
一緒に三人娘をやっていた美空ひばりもそうで、そういう世代なのだろう(三人娘の時代はさすがに知らないよ、後で聞いただけで。念のため)。なにせ、演歌を創った人たちだからねえ。
ジャズボーカルもいいし(そればかり集めたCDもあるんだね!)、 あと彼女の「八木節」。昔の紅白歌合戦の映像(まだ白黒のもの)で八木節を歌ってるのを数年前に初めて観て「すげェ」と思った。つい最近知ったけど、黛ジュンのもいいね。ちょっとアレンジが違ってて。
…いまいち年寄りくさいか?
まあ他にもいろいろあるんだけど。
ほんとの最近の歌は、もうあまり解らなくなっている。解ろうとする労力もあまり払えないというか。